今年からポスドクセンターのディレクターが変わって,いろいろイベントが増えている.
その1つの試みが,ポスドクキャリアフォーラムだ.
ポスドク同士が集まってポスターセッションをしながら交流を深める,という趣旨のものだ.

ポスターの掲示は1時からだったが、僕はポスターの筒を持って意気揚々と早めに会場にたどり着くと,まだ準備は出来上がっていなかった.
ポスドクオフィスの職員は二人だけだし,手作りイベントだからしょうがない.
イーゼルを立てポスターボードを手作業で作成いる何人かのポスドク達に見習い,僕もその作業を手助けする事にした.
ここにいるポスドク達の知的能力を考えれば,ちょっと見合わない仕事だろう.
明日を夢見る博士研究員たちは黙々と,それでもある種の一体感と熱気を持ち,作業を行っていった.

セッションは午後3時から開始だったが,僕は今日播いた細胞の面倒を見る必要があり,ポスターの筒を置いて一度ラボに戻ることにした.
僕が取り扱っているのは特殊な細胞で,特別な方法で精製しないと実験で利用できる状態にならない.
この日は朝8時から3時間半をかけて準備していたし,研究予算の締め切りが近づいていたから、失敗するわけにはいかなかった.
歩いて7分かかる会場まで戻るために大通りを渡り,ラボで細胞の様子を確認して安心すると,再びポスターセッション会場へ戻った.
すると廊下に設置されたイーゼルを前にすでに議論がそこかしこで始まっていて,ポスドクイベントとはいえ学会さながらの熱気である.

僕は遅刻したことを申し訳なく感じて慌てる心を抑え,平静を装ってポスター筒を取りにいき,勢いよくポスターチューブのフタを筒を開けた.
すると,なんということだろう.そこにはあるはずのポスターがなかった.
ただ,誰か知らない人の名前が手書きで記されたグリーンのポストイットがただ一枚,入っていた.

愕然とした僕は,ラボメイトが何かの時にポスターを取り出したのかな,と思い直し,電話をかける.
しかし,どうやらそうではない模様.
電話ごしの早口が何を言っているのかは聞き取れなかったが,彼女が知らないということはわかった.

そのポスター筒は2週間前に小さなシンポジウムで使ったもので,美しいシーサイドにあるウッズホール研究所で役目を終えた後,ボストン・ローガン空港を経て持ち帰ったものだった.
しかも,飛行機では頭上のコンパートメントに入らなくて,キャビンアテンダントがビジネスクラスのところでわざわざ保管していてくれていたものだった.
長い道中の中で,ポスター筒は空のままで大事に運ばれてきたかと思うと,もう笑うしかない.

こういったハッスルを横目に90分間のポスターセッションは大方の人に取っては無事に終わりを迎えたようで,
ポスドクにはありがたいフリーフードが配られる時間になった.
僕はハドソン川を望む美しい廊下でできるだけ多くの食べ物を取って,せめてでもと夕食を楽しむことにした.
澄んだ空気を通して美しい夕日がニュージャージ側から差し込み,深まる秋を感じさせる.
いまだに僕は,オワンクラゲから蛍光タンパクが初めて精製された研究所で潮風になびかれていたあのポスターに何が起こったのか,知らないままである.

[今週のポスドクフレーズ]
“Thank you for having me today!”
今日はお招きいただき、ありがとう!(招待講演の時に冒頭でよく使われる挨拶)

09/29/2014
Masa N.

みんなの評価 
1 Star2 Stars3 Stars4 Stars5 Stars (No Ratings Yet)
Loading...
※5段階の簡単評価です。★を選択することで誰でも簡単に評価できます。皆さんのご評価をお願いいたします。