アメリカで格安でお腹を満たすための定番は,中華料理だ.
168番通りもご多分に漏れず,いくつかの中華系のレストランが軒を連ねる.
その中でも,僕がこの168番通りに始めてやってきたときに行ったのがEmpire Szechuanだ.

このお店は,ランチが6.5ドル前後でお腹いっぱいになるくらいの量の定食を出してくれる.
どうしても今日はガッツリとランチを食べたいときには,ここにやってくる.
量が多いので,半分を昼に食べ,残りを夜に食べることにするのだ.
僕は昔から酸辣湯が好きで,ちょうど半分で止めるにはしのびなく,ついつい8割以上のスープを飲み干してしまう.
おまけにご飯も進んでしまうから,結局,腹八分目を超える.
そして,午後のプロダクティビティは胃袋が消化に充てる血液に持っていかれてしまうのだ.

テイクアウトの注文を取るおばちゃんは僕の顔を覚えているようで,いつもニカッと笑ってくれる.
僕が今日の一大決心とばかりに悩みながら英語でオーダーをすると,いかにも書きにくそうなボールペンでスルスルと僕がした注文を角張った漢字の文字に変換してゆく.
渡したクレジットカードを奪うようにしてリーダーにいれて,その書きにくいボールペンを僕に差し出し,署名を求める.
5分もすれば,ブラウンバッグに両手で抱えないといけないほどに白いチャイニーズBoxをいくつも詰めてくれるのだった.

Empireに来る僕の密かな楽しみもう一つある.それは,ある一人のウェイトレスをながめる事だ.
このレストランには,日本ではよく知られている女優にちょっと似たウェイトレスがいて,僕は彼女が元気なのか時々心配になってしまう.
というのも,彼女は疲れたような表情を浮かべる事が多いからだ.
注文を取るときも,食事をサーブするときも,彼女の顔は険しい.
ワシントンハイツ中の悩みをその身に背負ってしまったかにも思える.

一度だけ,168番通りにある地下鉄駅で彼女を見かけた事があった.
この駅はプラットフォームが暗く,そして工事中の事もあっていつもより余計に暗闇に満ちていた.
そのような暗がりが手伝ってか,夜のシフトを終えて家路に帰るだろう彼女はいつもになく疲労に満ちているように見える.

対岸のプラットフォームで待っていると,やがて轟音を立てて地下鉄1ラインが滑り込み,彼女を乗せて北に走り去った.
車内の明かりに照らされた表情を見ようとしたが,大柄な男性陣がたくさん乗り込んでいたその車両に,僕は彼女の姿を認める事はできなかった.
僕は彼女が見るであろう今夜の夢が彼女自身の疲れを癒してくれる事を祈りながら,二駅だけダウンタウンに下って,別種類の暗がりに位置する部屋に帰宅するのだった.

[今週のポスドクフレーズ]
“Stay or To Go”
ここで食べるの?持ち帰り?

09/22/2013
© Masa N.

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