私のことをみんなミズ・サンチャゴと呼ぶわ,と彼女は言った.
研究棟の建物で1Fのレセプション兼ガードマンをしている彼女は,シフトで入ってくる他の人と違って,ブロンドの小柄な女性だった.
私はファッションインダストリーにいたの,と言うにふさわしく,顔はほとんどしわもなく,つるんとした顔をしている
失礼ながら年齢を聞いてみると,50代だという.全然そう見えませんよ,と伝えると,そういわれるのが一番嬉しいのよ,と言った.

「私には日本人でマユミという友達がいるの.彼女はギンザに勤めていて,その話をしてくれたの.ギンザはきれいなところなんでしょう?一度行ってみたいのだけれど,なかなか機会がないのよ」と残念な顔をした.

自分も以前,ギンザに本社がある会社に勤めていたというと,あら,それはいいわね,と目を輝かせた.
そうしながらも,間髪的にやってくる外部の人間には目を払っている.ここは基礎研究棟であるとともに2Fにクリニックが併設されていて,その日の診察予約がある患者のリストを彼女は持っている.訪問者の名前を聞いて,通っていいか悪いかを判断するのだ.

「私は静かなのが一番好きなの.学生がいるとうるさくて困るわ.朝はとても混乱しているの.この午後の時間の,静かな時間がないと,私,気が狂ってしまいそうなのよ」
確かに,駐車場が併設しているこの建物では,右から左から多くの人間が行き来する.FedExの配達人もいれば,研究施設の修理工も往来している.
そのような雑多な行き来をまるで停電で混乱した交通信号の後始末をするかのように,彼女の目は鋭く,IDカードを持たない人間を入れない注意を払う.

彼女がファッションインダストリーからなぜ,大学の建物でガードマンをしているのかは知らない.
ただ彼女がいることによって,無味乾燥したレセプションにほんの少し違った色がついていることに,ネガティブな印象は持つ人はいないはずである.

ほら,そろそろランチの時間じゃない?と長居して話し込むかと思われた僕を軽くあしらい,彼女は定位置に戻った.
ランチから戻ってきたとき,すでに彼女の本日分の勤務シフトは終わっていて,別の人間がそっくりそのままその場所を占めていた.

[今週のポスドクフレーズ]
“Are you a postdoc or a student?”
あなたは博士号を持った研究者なの?それとも学生?

09/17/2013
© Masa N.

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