初めまして,EPHと申します.私は海外の大学でポスドクをしている研究者です.もともとのバックグラウンドは計測工学だったのですが,ひょんなことから細胞の電気生理学実験に携わることになり,2年が経ちました.
生理実験と言えば,カルシウムイメージングに代表されるイオン濃度計測が今では人気が高く,多くの研究者がこの方法を採用しています.しかし,細胞膜の生物物理的な特性を調べるためには,電気生理学の金字塔であるパッチクランプ法がまだまだ現役の手法です.電気生理学実験はイメージング実験と比べて,技能の習得に時間がかかる上に,実験中は集中力や細かい気配りが必要な手法です.それだけに,ちょっと手が出ない,という方も少なくない手法だと言えます.
しかし,NeherとSakmannが1976年に最初の報告をして以来,一世を風靡した研究手法であるだけあって,うまくいったときの実験データは孤高の価値を保っています.美しいwhole cell電流波形やIVカーブを載せているかどうかで,論文の信憑性もあがりますし,ある種,「品格」も生まれてきます.それくらい,強力な科学ツールになっています.
電気生理学実験が嫌われる理由は,実験までの手順が多い,計測に関する暗黙の知識が必要だ,夜を徹しての作業になる,という3K(きつい,きたない,頑張ってもデータがとれない危険)的な要素をふんだんに含んでいるからでしょう.私もそれには同意です.しかし,ちょっとしたコツをつかめば,3Kの要素を全部とはいかなくても,ある程度低減させることはできます.そして,データが取れたときの喜びはひとしおなのも,この電気生理学実験の魅力です.
この「計測エンジニアの電気生理学入門」シリーズでは,in vitroのパッチクランプ法を中心として,もともと生物がバックグランドでない工学者からみた電気生理学実験の習得とノウハウについて,私の経験からお話ししてゆきます.本シリーズを読んでいただいて,少しでも電気生理学実験に興味を持っていただいて,次世代の電気生理屋を一人でも多く生み出すことができれば,筆者として望外の喜びです.
参考文献
Neher E, Sakmann B.
Single-channel currents recorded from membrane of denervated frog muscle fibres.
Nature. 1976 Apr 29;260(5554):799-802.